ノピとモザ

2017年7月からモザンビークにて、青年海外協力隊 PCインストラクターとして赴任します。思いついたままに備忘録のような形でつらつら気ままに書きます。

もざぴ日記25 〜恐怖の体力強化合宿 IBO PART2〜

前回の引き続きの記事です。
17日からモザンビーク内でも随一の美しさを誇るビーチがある、カーボ・デルガド州のイボ島へ行ってきました。

旅行の着くまで工程ですでに。
すさまじい体験の連続だったので、記事を分けています。
もしよければ前回の記事からご覧ください。

noppiano.hatenablog.com



では、本編のイボ島編とまだまだ続く苦悩の陸路移動(帰宅編)をどうぞ!!


 

 

 

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1/20(3日目) イボ島

ホテルに泊まる=朝食を楽しみにする
というのが僕の方程式です。

連日のなかなか過酷な旅で疲れて、かなりの睡眠不足ではあったのですが、同じ部屋の先輩隊員の目覚ましに起こされたこともあり、8:00頃には朝食を食べに行きました。
見事に北部はハリケーンが到来している、とのことで客は私たち9人だけ。

しかし、、、この朝食の時からなんか体調がおかしくなっていました。

そのあとイボ島を自由散策、という時間でしたが、なんとなく調子が悪くなりそうだったので大事をとって、寝ていることにしました。
昼食を終えて、みんなが戻ってきたときに看護師の先輩隊員に熱を測ろうといわれ、熱を測ったところ、38.2度。


マラリアの可能性もあったため、先輩隊員が持って来てくれていたマラリア検査キットで確認、、、

結果はねがていーぼ。
つまり陰性。

完全に昨日までの過酷な旅ととどめに海を渡った時の暴風雨とついてから浴びた水シャワーが原因でしょう。
てか絶対水シャワー。あれ余計に体調悪くした。


てか、リゾート地に来て、結構お高いホテルに泊まったにもかかわらず、水シャワーしか出ないとかびっくりしますよね。
せっかくめちゃくちゃつらい思いをしてようやくイボ島についたにもかかわらず、まさかの熱で寝込む。わけです。
寒気は止まらないし、頭は痛いし。

けど、こんなに喧騒から遠い場所でゆっくり寝られるのもリゾートの醍醐味ということでひたすらゆっくりしました。
2度昼寝して死ぬほど汗をかいたら、夜には37度台まで熱が下がりました。

とりあえずよかった。
一般的にみたらなかなかどんまい事項。



1/21(4日目) イボ島

ようやく熱も下がり、なんとかみんなと一緒に行動できそうだったので、本日は無人島に行く予定で明日には帰宅するので少し無理して同行することに。


昨日のおしゃれディナー食べたかったなあ。

無人島に行く、とのことだったので、油断していましたが、
まさかの着くまでの道中にイルカと泳ぐプランと、沈没船シュノーケリングプランが含まれていました。


きいてなーーーい、、

病み上がりなので、海に入る勇気は出ず。
体調悪くなったら明日からの怒涛の陸路での帰宅がさらにやばくなる。。。
イルカは信じられないくらいの至近距離まで近づき、ただ眺めるだけだと思っていたら。



まさかの
「よし、とびこめえ!」

いやいや。急すぎる。
悪夢のイニャンバネでのオーシャンサファリを思い出す。
モザンビーク観光地である、イニャンバネでも船酔いで大変な思いをしました。
詳しくは下記。

noppiano.hatenablog.com




僕は泳ぐのは遠慮しましたが、とりあえずみんな次々と海を飛び込む。

しかし、結構な沖合で結構な波。
一人運動神経抜群で体力がめちゃくちゃある先輩隊員(女性)はイルカと泳ぐことができましたが(あそこまで到達できたのは驚き)
ほかのメンバーは普通に海に投げ出された、要救助の人見たくなっていましたwww

みんな救命胴衣はつけないで海に飛び込んでしまったので、大変なことに。
一人だけ泳ぎに自信のない女性隊員が救命胴衣を持って海に繰り出しましたが、ほかは結構みんな溺れている状態。


半分おぼれてしまっていた男性隊員が救命胴衣のもつ女性隊員に必死にしがみついている姿は猛烈に笑えましたwwww

そのあと申し訳ないと思ったのか、女性隊員から離れていきましたが、そのあとも半分沈んでいる状態ww めちゃ苦しそうでした。爆笑
写真撮ればよかった。。

彼は水中カメラを持っていたのですが、とてもじゃないけど写真を撮っている状態ではない。それにしても必死になっているときの顔はかなり笑えます(鬼)
この日一番の面白い事項だったような気がします。



結局3人ほど男性隊員がほぼおぼれており、2人がすぐに船へ避難してきて、
1人に救命胴衣を渡して救助する?というなかなかシュールな感じになりました。
しかもおぼれていたメンバーはイルカも大して見ることができなかったようで、近くに来たイルカとおぼれている隊員たちを見学できた船の上に残っていた私は正解でした。笑(性格わるい)

ですが、人のことを面白がっていたつけが回ってきました。
イルカウォッチングを終え、沈没船に向かっている際に波がとても荒くなってきました。もともと船酔いしやすい性質のくせに、酔い止めを飲んでこなかったためなかなか気持ち悪かったです。


いざ、沈没船についてみて、船の上に残るのも船酔いするので地獄、
と思ったので思い切って海へ飛び込んでシュノーケリングに参加してみることにしました。(もちろん体力を減らさないために救命胴衣は持ちました笑)

しかし、海が透明すぎるのもありシュノーケリングしているのも、波に揺られ気持ち悪くなり。
シュノーケリングを終えて船の近くまで戻った際に、ゲロを吐いてしまいました。🤮
吐いているのをばれないように、こっそり吐くつもりで一瞬海に潜って吐いたのですが、
何しろ吐くときの声?がうるさいほうなので(笑)漏れていたようで。


あとでさっきおぼれかかっていた隊員に
「のっぴげろ吐いてたよね?」
といわれました。


ばりばりみられてる――ー笑

しかしほかの人も2~3人ほど沖でこっそりゲロ吐いたりしている人達がいたようなので、みんなだいぶ気持ち悪かったようです。
なんでモザンビークの海はイニャンバネといい、こんなに荒いところが多いのか。

移動えぐい二日を経て、昨日は熱をだし、今日はゲロを吐く。
我ながらこの旅について、なかなか笑えてきました。

ゲロの沈没船ツアーを終えて、無人島へ行きました。
たどり着いた無人島は海が満ちてしまうと水没してしまう本当の無人島(?)でした笑


勝手に普通のただ人が住んでいない島だと思い込んでいたので、真っ白な砂浜しかない島にたどり着いたときは本当にびっくりしました。


しかし、船酔いでまだ気持ち悪いのと、体調も万全ではないので、
ホテルで借りた毛布にくるまりながら少しゆっくりしていました。
スタッフが簡易的日よけを立ててくれましたが、これなかったら全く何も日よけがなくてえげつないことになっていました、、、。

島にたどり着いて間もなく、その辺でイカを釣ったモザンビーク人が出張(?)で島へイカを売りに来ました。みんな生のイカを内蔵をとって、海の水で洗って
「おいしい、おいしい」
と食べていましたが、僕はそういう野蛮なことは昔からとても苦手です(笑)

僕は昔からその辺になっている木の実とかも食べることに大変な抵抗があり、
友人たちがバクバク食べているのをただ眺めているだけの子供でした。
そんな子供時代だったので、見ず知らずのモザンビーク人が持ってきた謎のイカを食べることに大変な抵抗がありました。笑 しかもイカを置いていた船も汚かったし。

そんなことでモザンビーク暮らしができるのでしょうか。僕も謎です。

結局足一本もらうだけにしました。
確かに新鮮で甘みがあっておいしかったのですが、吸盤が舌にくっついて気持ち悪い。

またこの島はウニが取れる、とのことで
生うにをたべようーーー!ってことになりました。
その辺にいるウニを先輩隊員がとってきたところ、日本のウニとは違い、針の先に変なとげがあるようで、手を負傷していました。

気を取り直して、ウニをとってきて割ってみたところ。。。


ウニの下の部分に肛門のような謎の穴があり、
ナイフで真っ二つに割ったところ。




ブシャー―――――――――――――ー


なぞのウニ汁が大量に出てきました。
なかなかきもかった。笑

しかも中身をのぞいてみたところ、日本のウニとは違い、オレンジ色の部分がかなーり少ないし、なんか汚い感じだったので、食べる気が失せました。笑


そのあともう2つくらい探してウニ汁ぶしゃーしましたが、
中身がすっかっすかでした。

なんのために存在してるんだよ・・・・。


そのあとは岩に張り付いていたシャコガイが必至な思いでとったり、
海に使ってバシャバシャ遊んだり。
イボ島旅行で初めて楽しいと思える時間を味合わせていただきました。
海はとてもあったまっており、浅いところに入るとまるで温泉のよう。


島に着いたときは干潮になりかけの時だったので、完全干潮の時や少し満ちてきたときも体験できたので、地球ってすごいなあ、とか思ったりと
なかなか素敵な体験ができました。

イボ島旅行で2人だけダイビングアクティビティを選択、他のメンバーは無人島ツアーに来たのですが、
ダイビング組も潜りを終えて、無人島へやってきました。

しかし、ダイビング組は二人しかいなかったこともあり、さらに船が小さく二人ともげろげろのようでした(笑)なんちゅう旅や・・・

おまけにそのあと潜ったそうなのですが、一人の隊員が5メートルほど潜ったのち、
潮の流れが速いことにパニックになってしまったそうで、先に海を脱出。
一人で船の上で1時間ほどダイビングが終わるまで待っていたそうです。

そのため、無人島で再会したときは死ぬほど酒を飲んだ時のように全身真っ赤に焼けており、すごい状態でした(笑)
彼にしてみれば、ダイビングもできないし、船酔いでかなり酔ってげろ吐くし。
なかなか僕以上にすさまじい一日だったでしょう。
ちなみに彼の悪夢はこの後も続きますが、それはこの後に。


ダイビング組が合流して、島でゆったりするのもつかの間、
向こうの雲を見ると嵐の雲が近づいてきます。
雲の下を見ると何も見えないほど雨が降っており、雷の音も。

これは早く避難しないとえげつないことになる、ということで、
当初の時間よりも早めに無人島を引き上げることとなりました。

これで嵐になったら今日も最悪すぎる一日ってことでかなりのネタになったのですが、
なんとか雲方向が違うほうへ流れていったので、無事に雨に降られることもなく、イボ島へ帰ることができました。

帰りは酔わないように船で横になって知らないうちに寝ていたので、帰りは船酔いもしなかったです。よかった。


さて、イボ島に戻ってから。
僕はお土産を買いに出かける&昨日島の探索ができなかったので、探索をしてきました。それからホテルへ戻ると。


先ほどダイビングができなかった隊員が昨日の僕のようにとても寒気がする、というのです。

試しに熱を測ってみると昨日の僕とほぼ同じ熱で38.4度。
これはうつしてしまったかな、、、と思い、申し訳ない思いになりましたが、とりあえず寝て様子を見ることとなりました。(僕は昨日はほかの人に移さないように、ほぼ引きこもっていたのに)

夜になり、夕飯を食べに行こうとなった際に再度熱を測ると39度超え。
これはマラリアの可能性があるとのことで、マラリア検査キットを試しました。
無事、陰性でマラリアではありませんでしたが、とても体温が高いのに汗をかくことができず、体温をため込んでしまっているようであり、とても苦しそうでした。

解熱剤を飲み、さらにこれは船の上にずっと日陰のない場所にいたことからの熱中症がかなり悪化した、ということを
看護師の隊員が分析し、体温を下げるために冷えピタと、訓練所で習った経口補水液を作成し、たくさん飲んでもらう、ということになりました。

明日は朝5時に起床し、また来た時と同様の激しくえげつない工程を戻らなければなりません。
彼が熱が下がらずとても船で帰れなくなった場合に備えて、飛行機で帰るプランも含んだ、帰るプランA、プランBなどを考え、彼の復活を願い、本日は寝ることとなりました。

それにしても、こんなにえげつない工程を経てようやくイボ島へ来たのに、
滞在時間は2日しかないなんて。
ほかのメンバーは再度チャレンジをしよう、と言っていましたが、僕はそうは思えません。。。。(笑)



1/22(5日目) 帰路 イボ島~ペンバ

予定通り朝5時に起床し、朝6時の出発に向けて、例の彼の体温を測ることとなりました。熱は下がらず38度台。
これはもう我々の手には負えないということで、看護師隊員の方がJICAの健康管理員へ連絡をし判断を仰ぎました。

そして健康管理員のジャッジはGO。
出発する前は僕としては彼には厳しすぎる工程だからホテルにとどまっていたほうがいいんじゃないか、とか思いましたが、
結果この判断は英断であったと思います。

できるだけ体調不良の彼に負担をかけないように、船では横になってもらい、できるだけ暖かくして船に乗り込みました。

※体調不良のかたではありません。


幸い前日からの天気予報はひどい嵐でしたが、波も落ち着いており曇り。
船はとくに問題もなく、来た時よりもスムーズに対岸へとたどり着くことができました。

対岸には州都ペンバへ向かうぼろ車ワゴンが待っててくれており、
大量不良の彼には助手席に乗ってもらい、できるだけ席を倒して楽になる形でペンバへ向かいました。


行きと同じようにほぼ6時間かかりペンバへ到着。
しかし帰りも何組の警官隊につかまったのかわからないほどつかまりました。
まじでもう少し効率的にならないのか。

昨日の夜は考えられないような顔色の悪さをしていた、彼ですが、
ペンバへ着いた時には幸い多少顔色もよくなっていました。
彼はマプトへ一度帰る予定になっていたので、健康管理員もマプトでスタンバイして、
すぐに病院へいくという手はずとなっていました。

健康管理員いわく、熱中症をこじらせて、39度を超えると死ぬ可能性もかなりあるとのことで、JICA事務所側としては緊急の準備を整えていたそうです。
ところが幸いなことに、首都マプトに着いた時には彼の熱も下がっていたようで、病院搬送の必要がなくなったそうです。
経口補水液のおかげか、体を最初に冷やした初動の対応がよかったのか。。。

看護師隊員の方は心配性で、いつも旅行の時にはマラリア検査キットや冷えピタ、体温計を持っていて、いつも馬鹿にされるのを覚悟しているようです。笑
ですが、今回の旅ではすべてのグッズが非常に役立ち、彼女の英断や初期対応があったために僕が彼が大事に至らなかったのでしょう。
ほかにもウニにとげをかなり刺されて負傷した先輩隊員もいたので、看護師隊員なのにいろんなことに引っ張りだこで大変そうでした。けど僕たちとしては非常に心強い存在となりました。

ペンバに宿泊組は任地リシンガでは購入できないような、ベーコンやフライパンや柔らかいトイレットペーパーなど。
都会にしかないスーパーで大量に買出しを行い、早めに宿へ行き体を休めることにしました。特にリシンガへ帰る組はかなりの苦痛がありますからね。さてさて。この度はまだまだ続くのでありました、、、、。


1/23(6日目) 帰路 ペンバ~ナンプラ~クアンバ

本日ようやくリシンガへ帰還、、、!
と、考えていたら、運転手から行きで通った道は通れるか分からないし、ナンプラ経由で2日かけて帰ったほうが良いとの提案。

今日自宅へ帰れると思ってたので。

もう着替えないよ、、、👕
というか体力まじで限界だよ、、、、、、、

とか思ったけど、行きの道が過酷すぎたので。
道が水没したり陥没が直っていない可能性が大いにありました。
それで引き返して。
ってなるよりはマシか。というかそれは最悪すぎる。

ということでナンプラ経由となりました。
これで自動的に旅行は一日延長。

昨日まではこの激闘旅面白いと思えてましたが、流石にだんだん体力にこたえはじめてきて、軽くイライラしてきた、、、、

とりあえずディズニー音楽を流して夢の世界で落ち着けます。🐭
ナンプラで大好きな中華を食し、ナンプラ組2人を降ろして出発です。

ニアサ州の入り口クアンバまで。到着予定時刻は19:00ごろですが、きっとクアンバまではそこそこの舗装された道が多いので大丈夫なことでしょう。

問題は明日です。
クアンバからリシンガの道はまじで穴ぼこだらけだし、舗装ほぼゼロだしほんときつい、、、

先のことは考えないようにしよう。


あと個人的にどうしても運転手の性格がムカついてしまいます。
モザンビーク人を好きにならなければならないけど、テンション上がると謎にうるさいのと、仕事中なのに自分の私用のために買い物したり、携帯いじるために車を止めるのです。

や、テメエ。
なんでこっちが客なのに、てめえの買い物付き合わなきゃならねえんだよ怒
(言い過ぎました)

とか相当腹立つ部分は多いのですが
(ずっとエアコン効かない車内だから余計イライラする)
それもモザンビーク人の特徴ということで、認めなければならないのでしょう。
これ2年もつかな。

クアンバへは予定時間通りの19時ごろに着きました。運転手はまだ先のマンディンバまで行く!!
とか行ってましたが。

この暗闇で行って23時とかまでにたどり着けるか微妙なところです。ホテル代安く済ませたいからって自分の都合だけで色々主張してくるのまじでやめてほしい。怒


その晩はこの旅色々ネタすぎて笑えるね
というところからリシンガメンバー3人でとても話が盛り上がり、疲れているにもかかわらずぶどう🍇を食べながら、夜遅くまで語り明かしました。



1/24(7日目) 帰路 クアンバ~リシンガ

昨日の夜、ドライバーと別れるときに確認。

私たち :「明日何時に出発?」
ドライバー:「3:30」
私たち :Σ(・□・;)!!!!

ドライバー:「出発が遅くなると、着くのも遅くなる。明日は午後くらいから雨も降りそうだし」

との回答。
いやいや。早すぎるだろ。自分がランチとディナーを家族と過ごしたいだけだろ、とか思ってまたいらいら。
確かに道が悪いのは知っているし、早く出たほうが早く着くのもわかるけど。
いくらなんでも早すぎる。しかも結論雨も降りそうな雰囲気はありませんでした。爆

結局4:30出発という名の、またドライバーが遅れたので5時出発となりました。
本日クアンバという二アサ州第二の都市で宿泊をしたのですが、12月から続く怒涛の旅行。
noppiano.hatenablog.com

この時も一泊目は移動の中継地点としてクアンバに宿泊したので、
クアンバから始まり、クアンバで終わるのだなあ。

と、なんだかしみじみ。
睡眠不足と極度の疲労により、もはやいろいろテンションがおかしくなっていました。
リシンガ組3人の持っている曲はすでにすべて聞き終えてしまっていたので、
僕のi phoneのyouubeでテンションの上がる曲を流し、踊りまくっていました。

youtube で曲を流していることを知った運転手が一言。

「うわー、お金持ち」


おまえがむかつくから曲流して紛らわせてるんだよ。笑
この運転手のことはとてもとても嫌いでしたが、腕は確か。


クアンバ~隣国マラウイとの国境の町 マンディンバまでは比較的道が整備されていて、通りやすかったのですが。

マンディンバ~リシンガ 間がひどい。

昔、コンクリートで整備した感はあるのだけど、昔すぎてもはやあなぼこ。

つまりオフロードを通るよりぼこぼこがひどいこととなるのです。
12月の旅行初めにクアンバまでこの道を乗り合いバスで通ったら相当酔ったことを思い出し、、、

酔うことを覚悟していたのですが、ひどい道にもかかわらず彼の運転テクニックは確かなので、そんなに酔わずに済みました。
そして、相変わらず彼の買うもののために、停止。レモン🍋だったり、鶏🐓だったり、ビスケット🍪だったり。

いちいち細々と止まっていてとてもイライラしましたが。
昨日の夜に早くクアンバ出て、リシンガ帰りたいいうたの、自分やん。

とかまたイライラします。


極めつけは生きている鶏を買って、後ろのトランクに詰め込んだのですが、
後ろのトランクには僕らがペンバで買ったものやクーラーボックスに入った僕らの食糧が。(クーラーボックスはペンバで購入)

家に帰ってみたらクーラーボックスは糞まみれになっていました。💩

なんで人のこと、先のことを考えられないのだろう。


そして結局リシンガへは昼過ぎにつき、3人で遠回りで帰ってきたこともあって、
予想を大幅に上回る費用(飛行機の半分ほど?)かかってしまいました。
けどこんなに過酷なら次は飛行機かな。お金ない。

家に帰ってからは次の日まで20時間近くひたすら寝続けました。
そんなこんなで恐怖の体力強化合宿は終了しました。

最近、活動先でもモザンビーク人のことをあまりよく思えなかったり、
自分のポルトガル語能力が上がらずに、話すのが億劫で余計にコミュニケーションを取らなくなったり。
少しマイナス方面に向きつつありました。

しかし、旅行中に先輩に注意されたように、モザンビーク人あってこその僕らの活動がある、と思います。
なんとか交流を深めて、語学力をUPさせて、仲良くなれればいいなあ、とか思うのですが、そんな日はまだまだとなりそうです。

新しい2017-3次隊の人たちも首都マプトへやってきて、すでに後輩隊員が2期分もいることにとても驚きを隠せません。何も活動進んでいない。語学力伸びていない。

きっと後輩の彼らのほうがだいぶ語学できるような気もしますが、なんとか地道に活動につなげていけるようにまずは語学力から。少しずつ伸ばしていきたいです。

モザンビーク人はいい奴だ

最後に一つ。

今回はモザンビーク人の愚痴がメインとなってしまうブログとなってしまいました。

本ブログを読む方たちに勘違いしないでほしいことは、これがモザンビーク人のすべてではありません。彼らには僕ら日本人にはないような、フレンドリーさや明るさや、ひたむきに前に進み続けられる力など尊敬するところもたくさんあります。

※写真は本文と関係ありません。笑

個人的にはモザンビーク人の対人関係のスキンシップや距離感の縮め方が一番学びたいポイントだと思っています。
今はそういうところも含めてうざく感じているのですが。笑

次回以降はできるだけ彼らの良いエピソードも含めて、もっと発信していきたいと思います。本ブログのモットーは正直なリアルなモザンビークを伝えることにあるので^^


書いてほしい記事のご要望あれば、まだまだ受け付けております!
次回記事は13日から冬季オリンピック平昌オリンピック)のフィギュアスケート観戦のために首都マプトへ上京するので、そのことかな~。まだ未定だけど。

ではでは、また。あて あ ぷろっしま~~~