最終プレゼン準備 〜もざぴ日記86〜
いよいよこの時期がやってきました。
最低気温が一桁に突入するこの時期。
暑いのは嫌いなのですが、寒いのも嫌いなわたし。
寒いのにぶつからないために、早めに首都マプトへ帰国のための上京をしようと思っていたのに、今年は昨年より早めの寒波、、、
やー寒いです。
特に今日は極寒でした。
この景色もあと6回ほどしか見れないのかと思うと少し悲しいきもち。
最終プレゼン
いよいよ、2年間のボランティア生活の締めくくりとして、どんなことをしてきたのか、
どういった効果があったのか、
などをモザンビーク人同僚と、マプトからくるJICA職員に向けて、発表しなければならない機会が巡ってきました。
今まで先輩隊員のは見ていたけど、まさか自分のターンが回ってくるとは、、、
6/3に発表しなければならないので、今はその準備で最近はてんてこ舞いです。
しかもポルトガル語。
やばい、やばすぎる。
試験終わってから全くポルトガル語の勉強もしてないし、やる気もなくなってポルトガル語力は下がったような気がします。
試験後は英語の勉強しようと思っていたのに、英語の勉強どころか、
なんか生きるのもめんどくさくなってきた今日この頃、、、🦏
あと職場に行くのも6回?とかなのに、未だに毎日かなり職場に行くのもめんどくさいなあ、と感じてしまっています。
あと6回ってやば。
JICA向けに書かなければならない、最終報告書も終わらな過ぎてまじでやばいです。
日本語とポルトガル語で書いて、上司のコメントまでもらわなければいけないのに〜〜!
まじでやばいやばいやばい。しにそう笑
スーツの受け渡し
先日の記事でも書きましたが、
ポルトガル語の先生に頼まれて、スーツをマプトから任地リシンガまで運び屋しました。
なんと、子供を作ってしまったポルトガル語の先生のだめ弟が就職するので、彼に必要とのことで運び屋しましたが、
その就職先がまさかのまさかの銀行職員。
や、まさかすぎるでしょwwww
どんだけ優秀な就職先だよ
もはや裏口というか、コネを使って入ったとかしか思えないのですが。
銀行就職できるなら、子供できたからって揉める必要性もなかったやん。
ポル語の先生の家に居候して、学校も仕事も大してせず常にダラダラぶらぶらして、
挙げ句の果てに子供作ってしまった、だめなやつというイメージだったので、とにかく驚きでした。
ちなみに弟の他に、ネイディという娘がポル語の先生にはいます。
このトニー(弟)の子供問題が出た時に、
「ネイディが大学卒業するまで、子供を作るのは許さない」
とか先生は僕に話してたのに、まさかのまさかの今年中に結婚するみたいです。
もう話すこと二転三転しすぎ。
で、ネイディが大学卒業したら、首都マプトに引っ越すとずっとポルトガル語の先生は豪語しています。
ところが、トニーは仕事見つけるし、
ポル語の先生は先生で、謎にリシンガに新居を建築中です。
マジで謎、この家族。
ぼくの発言でよくいっている「もうモザンビークやだ、任期短縮する」
って、そんな気は無いけど、常にいってるのと同じやつですかね笑
モザンビーク人の図々しさ
あ、話かなりずれましたが、
スーツの受け渡しをしてほしいと、ポルトガル語の先生から今週毎日電話きて、ずっと言われていました。
その時点で日本人的にはかなり鬱陶しいんですが、早く受け取りたいから結論ポル語先生が我が家まで取りに来る!
ということになったのです。
昨日の夕方に受け取りに来るという事で約束していました。
しかし、向こうの都合でなのか受け取りに来ず、
ようやく昨日の19:00頃電話きました。
「今取りに行くか、明日かどっちがいい?」
っていうのおそ。
こちらの19:00って
田舎すぎて街中真っ暗になるし、
店ももちろん閉まるし、
おまけにクソ寒いので、
日本でいうと22:00以降からあの感覚なんです。
なのに今から取りに来るってどういうこと笑
もう寝る準備整えて、ベッドの中にいたのです(早)
結局翌日(今日)受け取りに行く、って事で話し終わったわけです。
翌日、つまり本日。
本日職場にいる時も、電話がありました。
取りに行くと話していた、ポル語の先生ではなく、弟トニーから電話。
「今から取りに行っていいか?」
いや、16:00以降って話したし、そもそもなんでお前から電話くるわけ。
家族内コミニュケーション取れてなさすぎだろ。
16:00に来て、ということで、電話を切りました。
しかし、またもや、17:00を過ぎてもなんの連絡もなし。
この時点で前日もブッチされてるし、
日本人相手だったらもう
「こいつは信用できない」
って事で僕の心の中の友情は破綻なのですが、
相手はモザンビーク人。
仕方ないですね。
シャワー浴びてゆったりしていたところ、
18:00すぎに外で名前を呼ぶ声が。
まさかの近くに住むもう1人の日本人ボランティアと先生が一緒に登場。
何がやばいって、
先生の携帯が壊れてたらしく、
そのための行動がとてもぼくにはできない行動で驚愕しました。
先生はもう1人の日本人ボランティアの家は
リシンガで3つくらいしか無いうちの、1つのアパートに住んでるってことは知っていたらしく、
その辺の子供達にそのボランティアのアパートのどこに住んでいるかを聞きだし、
いきなりどんどん扉を叩いて、呼び出して、我が家まで案内させたらしいのでした。
そうです。
日本人って事で目立つので家モロバレです。
例えるなら家の近くに芸能人が住んでいる感じなのです。
そりゃ、みんな知っているよね。
リズムを崩された
日本人って多分みなさんが意識している以上の生活のリズムがあります。
僕個人としても、ちゃんとリズムがあり、それを崩された事が不快だったし、同じくリズムを崩されたもう1人のボランティアへの申し訳なさもありました。
や、モザンビーク人すげえわ。
先生はかなりモザンビーク人の中で常識人だしちゃんとしている人だけど、この周りへの巻き込み方すげえなっていう。笑
僕も見習わなくてはならない。
もっと巻き込んでいける人間になりたいなあ。
ちなみにどうせリズム崩されたし、
家に来たからもうどうにでもなれ、
という捨て鉢な気分になり、
家の中を見せてポル語の先生の欲しいものを確認したり、
日本人ボランティアとダラダラおしゃべりをしてしまいました。
はー、最終報告の準備もだし、
JICAに提出する、最終報告書もやらないとマジでやばいのニーーー
そんなリズムを崩され、ブログの更新も遅くなった1日でした。
では、あて あまにゃー!